徳島地方裁判所 平成10年(ワ)317号 判決 1999年1月21日
主文
一 被告は、原告らに対し、各二六八六万一六六一円及びこれに対するいずれも平成九年五月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その九を被告の、その余を原告らの各負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は、原告らに対し、各三〇三九万四六〇五円及びこれに対するいずれも平成九年五月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、自動車事故により死亡した被害者の相続人である原告らが加害者である被告に対し、自賠法三条による損害賠償を求める事案である。
一 争いのない事実等(末尾に証拠の標目の記載のない事実は当事者間に争いがない)
1 交通事故の発生
(一) 日時 平成九年五月一二日午後五時四五分ころ
(二) 場所 徳島県阿波郡阿波町字大道北一九二―一北方約五〇メートル先
(三) 加害車両 被告運転の自動二輪車
(四) 事故態様 堀ユリ子が、事故発生場所の路肩で知人と立ち話をしていたところ、加害車両に跳ね飛ばされて用水路に落下した。
(五) 結果 堀ユリ子は、事故発生の約二時間後、右肺損傷、右血気胸により死亡した。
2 責任原因
被告は加害車両を自己のため運行の用に供していた者であるから、自賠法三条により、亡ユリ子の被った損害を賠償する義務を負う。
3 亡ユリ子は事故及び死亡当時七六歳の専業主婦であった。
4 原告らは亡ユリ子の実子であり、亡ユリ子の死亡により同人の損害賠償請求権を相続取得した(甲三ないし五)。
二 争点
1 原告の主張
(一) 過失相殺について
被告は、幅員わずか四メートルの道路を、排気量四〇〇CCの自動二輪車に乗って、時速約一〇〇キロメートルの猛スピードで走行中、スピードの出し過ぎによって滑走し、道路横の用水の蓋の上に立っていた亡ユリ子に衝突したのであるから、亡ユリ子に落度は全くなく、過失相殺の適用はない。
(二) 逸失利益 三三七八万九二一一円
(1) 家事労働分 一〇二三万八一六二円
亡ユリ子は死亡当時七六歳の専業主婦であり、原告堀絹子、その夫堀治美、同人らの長男堀利明と同居して、家事一般を全て行っていた。平成八年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者全年齢平均年収額三三五万一五〇〇円を基礎に、稼働可能期間を五年間とし、新ホフマン式計算法により中間利息を控除し、生活費として三〇パーセントを控除して同人の逸失利益を算出すると頭書金額となる。
(2) 恩給受給権喪失分 一七五八万九五九二円
亡ユリ子は、軍人恩給として年額一九〇万八八〇〇円を受給していたところが、死亡により受給権を喪失した。右金額を基礎に、受給可能期間を女性の七六歳の平均余命一二年とし、新ホフマン式計算法により中間利息を控除して計算すると、頭書金額となる。
(3) 厚生年金受給権喪失分 四一六万一四五七円
亡ユリ子は、厚生年金(通算老齢)として年間四五万一五九六円を受給していたところが、死亡により受給権を喪失した。右金額を基礎に、受給可能期間を女性の七六歳の平均余命一二年とし、新ホフマン式計算法により中間利息を控除して計算すると、頭書金額となる。
(4) 特別給付金国庫債券受給権喪失分 一八〇万円
亡ユリ子は、戦没者等の妻に対する特別給付金支給法四条により発行される特別給付金国庫債券の支給を受けており(一〇年間分合計一八〇万円)、死亡しなければ、八三歳である平成一六年一一月一日には、少なくとも更に一〇年間分合計一八〇万円の債券が得られていた。
(三) 慰謝料 二〇〇〇万円
(四) 葬儀費用等 二〇〇万円
(五) 弁護士費用 五〇〇万円((二)ないし(四)の合計額五五七八万九二一一円の約一割)
(六) 原告らは、(二)ないし(五)の合計六〇七八万九二一一円につき、法定相続分各二分の一の割合で亡ユリ子の請求権を相続した。したがって、原告ら各自の請求額は三〇三九万四六〇五円である。
2 被告の反論
(一) 過失相殺
亡ユリ子が、幅員わずか四メートルで歩道と車道の区別がなく路側帯もない道路で立ち話をしていたため、本件事故が発生した。同女がこのような場所に立ちどまって話をするという行為をしなければ本件事故に遭遇することはなかったのであるから、本件事故の発生については亡ユリ子にも過失があり、その割合は二割を下らない。
(二) 逸失利益
(1) 家事労働の逸失利益について
亡ユリ子が七六歳という高齢であったこと、同人と娘夫婦、その長男が同居していたことを考えると、亡ユリ子が家庭の家事全般を行っていたという原告の主張は認められない。家事は原告絹子及びその夫が行っていたというべきである。
したがって、家事労働分の逸失利益は認められない。
(2) 恩給受給権及び特別給付金国庫債券受給権の逸失利益について
遺族年金は、戦没者の妻である亡ユリ子の生活保障のために一身専属的に認められた権利であるから、逸失利益が認められる余地はない。
特別給付金国庫債券受給権も右と目的を同じくするものであるから、逸失利益が認められる余地はない。
(3) 厚生年金については、受給権者の稼働能力とは無関係に得られる収益であることを根拠に逸失利益性を否定すべきである。もしこれを認めるとしても、生活費控除を行うべきであり、亡ユリ子の家族構成からすると、独身者に準じて五〇パーセントの控除が相当である。
(三) 慰謝料、葬儀費用、弁護士費用については知らない。
第三争点に対する判断
一 過失相殺について
被告は、路肩で立ち話をしていた亡ユリ子に少なくとも二割の過失があると主張するけれども、亡ユリ子の過失を認めるに足りる証拠はない。
それどころか、証拠(乙一の1、2、7ないし9)によれば、事故当時亡ユリ子が立っていたのは道路脇の用水路のコンクリート製の蓋の上であったこと、被告は、時速約一〇〇キロメートルという制限速度違反のスピードで走行中、前方不注視の結果バランスを崩して転倒し、自動二輪車を滑走させて亡ユリ子に衝突したこと、以上の事実が認められるのであって、これらの事実に照らすと、本件事故における過失割合は被告側一〇〇パーセントというべきである。
二 家事労働の逸失利益について
証拠(乙一の6、7、原告絹子本人)によれば、亡ユリ子の家庭においては、亡ユリ子以外の家族(原告絹子夫妻、その長男)はいずれも外に勤めに出ており、家事全般を専ら亡ユリ子が行っていたこと、原告絹子の行っていた家事は土、日曜日に亡ユリ子とともに買い物に行く程度であったことが認められる。したがって、亡ユリ子は、本件事故により、家事労働相当分の損害を被ったというべきである。
そして、亡ユリ子は事故及び死亡当時七六歳の専業主婦であったから、平成九年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者の六五歳以上の平均賃金三五〇万一六〇〇円を基礎とし、生活費として三〇パーセントを控除し、新ホフマン式計算法(係数四・三六四三)により中間利息を控除して亡ユリ子の逸失利益を計算すると、一〇六九万七四二三円となる(なお、原告は、平成八度賃金センサスにより平均賃金を算定している。しかしながら、亡ユリ子が死亡したのが平成九年であることからすると、平成九年賃金センサスによるべきである。そうすると、家事労働の逸失利益額が原告の主張を上回ることになるが、当裁判所は、全体を合算した認容額そのものは原告の請求を下回ることに鑑み、平成九年度の賃金センサスを使用した)。
原告は、逸失利益の算定につき、女子労働者全年齢平均賃金を基礎に新ホフマン式計算法により中間利息を控除すべきであると主張するが、当裁判所は、被害者の年齢に対応する労働者の平均賃金を基礎とした新ホフマン式計算法に高度の蓋然性があると考えるので、原告主張の方式は採用しない。
三 恩給受給権、特別給付金国庫債券受給権、厚生年金の逸失利益性について
当裁判所は、恩給受給権、特別給付金国庫債券受給権、厚生年金のいずれについても、それが取得された後は単なる金銭的利益となって一身専属性は払拭されることに鑑み、他人の不法行為により死亡した者の逸失利益とした相続人が相続によりこれを取得するものと判断した。以下、その金額を算定する。
1 亡ユリ子は、軍人恩給として年額一九〇万八八〇〇円を受給していたところが(甲六)、死亡により受給権を喪失したのであるから、右金額を基礎に、生活費として三〇パーセントを控除し、受給可能期間を七六歳女性の平均余命の一二年とし、新ホフマン式計算法(係数九・二一五一)により中間利息を控除して計算すると、一二三一万二八四八円となる。
2 亡ユリ子は、本件事故に遭わなければ平均余命の一二年間は生きていた可能性が高く、その場合、同人が八三歳になる平成一六年一一月一日に、一〇年間分合計一八〇万円の債券を得ていたはずであるから(甲八)、右債券分は逸失利益に該当する。
3 亡ユリ子は、厚生年金(通算老齢)として年間四五万一五九六円を受給していたところが(甲七、弁論の全趣旨)、死亡により受給権を喪失した。右金額を基礎に、生活費として三〇パーセントを控除し、受給可能期間を七六歳女性の平均余命の一二年とし、新ホフマン式計算法(係数九・二一五一)により中間利息を控除して計算すると、二九一万三〇五二円となる。
四 慰謝料について
亡ユリ子の年齢、健康状態、家族状況、家庭において家事全般をこなしていたと認められること、被告の年齢、過失の程度態様など、諸般の事情を総合的に考量すると、慰謝料としては二〇〇〇万円が相当である。
五 葬儀費用について
本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は一二〇万円と認める。
六 以上の二ないし五を合計すると、亡ユリ子の有する損害賠償請求権は四八九二万三三二三円となる。したがって、原告らはそれぞれ、亡ユリ子の相続人として、この二分の一である二四四六万一六六一円の請求権を相続取得したと認める。
七 弁護士費用について
本件訴訟の認容額、難易、その他諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は各二四〇万円が相当である。
八 結論
以上の次第で、原告らの請求は、六、七の合計額の二六八六万一六六一円の限度で理由がある。
(裁判官 太田敬司)